定朝忌

《定朝忌》

 

定朝は平安時代の仏師で寄木作りという仏像制作の技法を完成させた仏師です。

宇治の平等院の阿弥陀仏が最も有名です。

 

この寄木作りとは、一体の仏像を各パーツに分けて制作することができます。

大勢の仏師がそれぞれのパーツを分業で作る事ができるので、

大きな仏像を早く作る事ができますした。

 

それで、平安時代にはたくさんの仏像が制作され、

多くの仏所が出来、

仏像作りが盛んに行われました。

 

皆さんよく知っている運慶や快慶もこの頃に出てきました。

 

 

 

どの時代でも、仕事をして食べていけなければその職業はすたれますが、

この分業の寄席木造によって仏師という職業が最も盛んな時代でした。

 

 

その後、廃仏毀釈などにより、仏師と言う仕事は忘れられた時代がありました。

 

 

 

 

私が高校の時、今の主人が「仏師になる」と言うので、

「何それ?」って

初めてそんな仕事があるのだと知ったぐらいですから

昔からある職業なのに、

その頃は、ほとんど聞いたことがない職業でした。

 

 

仏像 自体も全然美術品という認識はなく、

普通に間近で見ることができるそんな環境でした。

 

少しづつ少しづつ仏像と仏師などがメディアで取り上げられ、

私が間近で見た阿修羅像は一大ブームを巻き起こしています。

 

 

それに伴い、

仏師という仕事も若者が目指すそんな時代になった事に驚いています。

それでも まだまだ珍しい仕事ですが、

京都に仏像彫刻や工芸専門の大学校も出来

我が家にも一人弟子として修業を始めた若者がいます。

 

 

なぜ 仏師になりたいのか?と聞くと

「将来希望が持てる 憧れの仕事だ。」と言われました。

 

弟子として修業をはじめ3年になりますが、

石の上にも3年!と言うように

初めは、彫刻刀の研ぎ方や使い方から始まって、

仕上げまで少しづつ慣れてきます。

 

仏像は 仏像本体と光背や台座それぞれ覚えることが多く実は大変なお仕事です。

それでも続けているうちに、

だんだんと覚えて10年もすれば一通りのことができるようになります。

 

いつもお弟子さんに言うのですが、

「コンビニとお寺とどっちが多いと思う?」って

 

正解は

 

お寺です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この記事を書いた人

安田 洋子


安田素彩(洋子・62歳) 高校を卒業後 友禅染・テキスタイルデザイナーをしていました。 25歳で仏像彫刻をしている夫と結婚 30代は水彩画・日本画を描きながらアルバイトで帯や着物の柄を描いていました。 40歳 琵琶湖ホテルの客室画84室制作(水彩画)     截金・仏像の彩色を始める 42歳 全日空ホテルの屏風絵12曲 制作(アクリル) 本格的に仏像の彩色・截金を仕事として始める 53歳 夫(安田明玄)の東京高島屋での個展      すべての作品に彩色・截金を施す。         二年後二度目の東京高島屋での仏像展 安田素彩として、仏像の彩色・截金 仏画師として作品多数あります。 3尺の大日如来・3尺不動明王・3尺11面観音・3尺釈迦如来 役の行者・など